革と出会う場所
工場内を歩いていると、至る所に「馬」と呼ばれる革置きの台が配置されているのが目に入ります。工程ごとに形を変えながら革が運ばれ、乾かされ、仕上げられ、最後にはこの馬の上でひと息をつく。その光景は、工場の風景の中に自然と溶け込んでいました。
ストックヤードには、すでに仕上がった多種多様な革が並び、まるで静かに語りかけてくるような存在感を放っています。高い天井からはやわらかな自然光が入り込み、それぞれの革の表情を一層引き立てていました。

ネグローニのレザーを製造しているタナリーを写真で旅する企画。
前回に引き続き、兵庫県姫路市で、百年の歴史を持つタナリー 株式会社 山陽の製造工場を巡ります。
染色が終わった革は、最終仕上げの第一歩として「塗布工程」に入ります。ここで使用されるのが「ロールコーター」と呼ばれる大型機械。金属製のローラーに仕上げ剤を含ませ、革の表面へと均一に塗布していく設備です。
ロールコーターは、名前のとおりローラーの動きで仕上げ剤を革の表面に塗布していく設備です。均一な圧とスピードで、職人の感覚だけでは再現しにくい精度を実現します。
山陽の工場には、用途に応じて複数のロールコーターが用意されています。透明感を重視するアニリン仕上げ、耐久性を高める顔料仕上げ。それぞれの工程で、仕上げ剤の配合も微調整されています。例えば、カゼインやワックスなど、天然由来の素材を含んだ仕上げ剤は、気温や湿度によって粘度が変わるため、微細な調整が必要になります。革にしっとりと色を置きながら、表情を損なわず、奥行きのある仕上がりに。
「塗る」というより、「整える」。
ロールコーターの工程は、そんな表現のほうが近いかもしれません。
仕上げのラインを歩いていると、見覚えのある質感が目に留まります。
そこには、ネグローニの製品にも使用されている「ウェットトラック・カーフ」の姿が。
天井から射し込むやわらかな自然光を受けて、銀面には繊細な艶が浮かび上がります。
その光沢は、まだ製品になる前でありながら、すでに“完成された素材”としての存在感を感じることができます。
仕上げラインの一角で、静かにたたずむ一台の機械に目が留まりました。
工場の中でも一際アンティークな佇まいの機械。それが「グレージングマシン」と呼ばれる、艶出し専用の設備です。ガラス製のローラーがゆっくりと回転し、重みのある木製のアームが革の表面に圧をかけながら、丁寧に擦り上げていきます。
この工程で施されるのは「カゼイン仕上げ」と呼ばれる古典的な技法。天然たんぱく質由来のカゼインを下地に塗布し、その上からグレージングによって熱と圧力を加えることで、革の銀面(表面)をなめらかに締め、自然な艶を引き出します。艶といっても、鏡のような光沢ではなく、革本来の繊維構造が持つ深みをそのまま表に浮かび上がらせるような、柔らかな光が革の魅力を演出します。
職人の目と手がなければ成立しない工程であり、圧力のかけ方、回数、タイミングによって仕上がりは微細に変化します。機械は道具に過ぎず、最終的な表情を決定づけるのは、革の状態を読み取りながら作業を進める人間の感覚です。こうして仕上がった革には、手をかけた分だけの“静かな美しさ”が宿ります。
工場内を歩いていると、至る所に「馬」と呼ばれる革置きの台が配置されているのが目に入ります。工程ごとに形を変えながら革が運ばれ、乾かされ、仕上げられ、最後にはこの馬の上でひと息をつく。その光景は、工場の風景の中に自然と溶け込んでいました。
ストックヤードには、すでに仕上がった多種多様な革が並び、まるで静かに語りかけてくるような存在感を放っています。高い天井からはやわらかな自然光が入り込み、それぞれの革の表情を一層引き立てていました。
私たちが考える、山陽のレザーの魅力は、顔料で表面を覆って均一に整えた革ではありません。植物由来のタンニンで鞣された素地は、繊維の奥行きがそのまま風合いとして現れます。そこにあっさりとした染料仕上げを施すことで、革そのものの表情がにじみ出る。この“余白”が、何よりも美しいと感じます。
製品として完成された革ではなく、これから靴になり、誰かのもとで時間をかけて育っていくための「素材」。
その佇まいには、長い歴史の中で磨かれてきた山陽の技術が織りなす“間”の美意識を感じます。
2023年、山陽はLWG(Leather Working Group)環境認証を取得しました。
この認証は、環境への配慮と、製造工程における透明性・安全性の両立を求める、国際的な基準です。
ネグローニも、欧州から革を仕入れる際には、このLWG認証をひとつの信頼の指標としています。 環境と真摯に向き合い、持続可能な生産体制を整えているタナリーであるかどうか。それは私たちネグローニブランドにとって、非常に大切な要素です。
LWGは、レザーブランド、タンナー、薬剤メーカーで構成された非営利団体で、世界中の製革業者を対象に厳しい監査を行います。排水処理の設備、禁止薬剤の管理、原料からのトレーサビリティの実施など、すべてにおいて高水準が求められます。実際に、国内でこの認証を取得しているタナリーは、いまだごくわずかに限られています。
百年の歴史に裏打ちされた山陽の技術と、細部に宿る確かな自信。そのすべてが、この厳格な国際基準をクリアする革づくりへと結実しています。
ネグローニが安心して山陽の革を迎え入れる理由は、まさにそこにあるのかもしれません。
Tannery Trails — SANYO LEATHER
次回をお楽しみに
Photographer: Shuhei Miyabe (NEGRONI)
取材協力: 株式会社 山陽 / 有限会社 松本商店
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