KINGSTONデザイナーズノート

PRODUCT STORY

KINGSTON

過去の作品に手を加える時には、いつも緊張が走ります。プロダクトと歩んできた日々が脳裏に過り、仕様変更するという選択が果たして正しいのか、それとも間違っているのかを大いに迷わせるからです。
 
最新作 KINGSTON (キングストン)の前身となるFIORANO (フィオラノ)は、その思いを殊更強く感じさせるモデルでした。ダブルモンクストラップという、伝統的なアッパーデザインにドライビングラバーソールを履かせただけでなく、ジュラルミン製のフックによる着脱をコンセプトとしたギミックは、今考えても常識的とは到底言えない設計とも思えます。
 



リリース時、その “ユニーク” なシステムが果たしてユーザーに受け入れられる自信があまりなかったことを覚えています。今考えても非常にチャレンジングな試みでしたが、カジュアルなフック式で
2種類の履き心地を楽しめるという手軽さと、クラシックな見た目とは反して運転しやすい構造だったからか、そのモデルは作り手の予想を大きく超える好評を得て、いつしか自動車開発にも利用されるほど深く愛されるモデルになりました。

そんなフィオラノのフックに使用していた金属材料に変更が必要となったのは今から1年半ほど前のことです。以前よりフックの強度と使い勝手に改変の可能性を感じていた私は、フックの改変だけでなく、新しいダブルモンクシューズの開発に興味をそそられました。日々多様化する生活様式 (ライフスタイル) と、自動車を取り巻く環境。強いコンセプトは継承しつつ、プロダクトは時代に合わせて調律をしていかなくてはなりません。
 
以下のデザイナーズノートには、1年半にわたって行われたデザインの気付きや細部へのこだわりを記録しています。これらのプロセスを知っていただくことで、キングストンというモデルをより身近に感じていただければいいなと思っています。


序文  |  2022年 12月21日

 


 
再解釈されたフックのデザイン
 
KINGSTON (キングストン)の一番の特徴は、フック式によってリラックス、タイトの2種類の履き心地を使い分けできる点である。初期のフックは軽量のジュラルミン製で非常にシンプルなデザインだったが、フック部分が細く指が引っかからないため、着脱のしにくさを感じていた
。先端に指をかけて押し込むことで外しやすくなるが、暗い場所や狭い場所では片手で外すことがなかなか難しく、金具がストラップにしっかりグリップしてしまうと玄関先で手間取ることもあった。また、軽量でやや細身だった初期のジュラルミンフックは強度の部分で問題を抱えていて、何かに引っかかったり想定よりも強い負荷がかかると先端が曲がってしまうこともあった。当時は、あくまで着脱時に起きる履き心地の変化ばかりに目がいってしまっていたため、ユーザー・インターフェースまで充分に気が回っていなかったとも言える。


まずは着用しやすさ、外し易さにフォーカスした。従来のフックの扱いにくさを改善するためには、金具自体のボリュームに大きな変更を加える必要があった。最初のコンセプトは、ライターのホイールや、リボルバーの撃鉄 (ハンマー)などから着想を得た。従来と同様の「つまんで引いて外す」のではなく、親指を置き回転させる動作で素早くフックを外す動作を実現することが目的だ。

試作・製造にはシューズ用金具の会社ではなく、様々な種類の精密板金加工を得意とする会社、トネ製作所に協力していただいた。形式的な靴用金具会社よりも、使用できる金属自体の自由度が格段に高い。また、独自に培われた裁断や磨きの技術に精通した利根氏ならではの手仕事がとても魅力的だった。


コンセプトモデルでは、指が置きやすいようにフック上部にくぼみをつけ、親指をグリップしやすいように・そして外す際に指先にかかりやすいように、フックの先端と引手の部分にも約0.6mmほどのギザあたりを加えた。

この歯車のような特徴的なデザインは、指先のあたり位置を直感的に伝えるには効果的な意匠で開発者サイドからは好意的だったが、モンクベルトやインテリア等を傷つける可能性があったため、数度の試作を経て製品版では断念することになった。


  

デザインが修正された製品版 “ハンマーフック” の材質には、ステンレスを選んだ。ステンレスは利根氏が加工を非常に得意とする金属の一つである。従来のフックでは金属を裁断し、バリやアタリを取ってもらったものを使用していたが、今回はレーザーによる精密裁断を行った後、より手が込んだ2種類のフィニッシュを施してもらうことにした。



1つ目は主に鉄・鋼製品の錆止めに使用される黒染。表面に1μの酸化皮膜を発生させる仕上げ方法だ。ステンレスのため、鉄と違い錆の心配はないが、
鈍く光る黒みと、無骨な印象がインダストリアルな雰囲気を醸し出していて非常に魅力的である。


 
2つ目はレーザーで裁断されたハンマーフックをバレル内で長時間にわたって磨きをかけ、鏡面仕上げを施した。これは調理器具など磨きのステンレス製品を得意とする、
トネ製作所ならではの非常に美しい仕上げだ。どちらのフィニッシュも、甲乙つけがたい魅力で溢れている。




細部へのこだわり

KINGSTONは、理想的なバランスを求めて徹底的にパターンに拘った。前作のややゆったり目のラウンドトゥは、カジュアルなスタイルには親和性があったが、セットアップやビジネススーツに合わせるにはシルエットがやや不向きだった。KINGSTONではよりスーツスタイルとの親和性を考え、着用時に品とシャープさを感じるパターンを追求した。特にモンクストラップの長さと角度、そしてトゥシェイプの関係性に関しては、細部に至るまで徹底的に調整している。


基本となるバックルには、ローラー付きのコンパクトな16mm幅のダブルバックルを選んだ。すっきりとしたシェイプだが厚みのボリュームはあり、スタイリッシュな印象を受ける。
そして、奇異なバランスにもなりうるハンマーフックとバックルとの関係性も、なるべく自然に調和することを心がけた。バレルシルバーのフックは、クローム仕上げのバックルを引き立たせるジュエリーウォッチのような強い輝きが魅力的だ。一方で、黒染めのブラックフックはやや抑えめな印象だが、ふとした瞬間の無骨な表情が男心をくすぐる。
 

  

機能と価値観を受け継いで

KINGSTONのデザインは、美意識と機能の両立を目指したドライビングソール仕立てのドレスソール (D2Rソール) をベースとして開発した。やはりレザーとラバーが美しく積層されたドレスヒールこそ、ダブルモンクストラップの魅力を一番に引き立たせる。D2Rソールは横から見ると一見ダブルソールの様にボリュームのあるシルエットにも見えるが、実際にはゴム芯をヌメ革で巻き上げた特製のウェルト芯がアッパー全体をカバーしているため、ソール接地面の厚みは約7mmほどしかない。ラバー部分にはイタリアのビブラムファクトリーでしか生産されていない超軽量のViblam Gumlight®︎を採用しているため、見た目にそぐわない軽やかな履き心地を楽しむことができる。このイタリア製のVibramシートは日本市場ではほぼ出回っていないため、非常に珍しい素材でもある。ソールの表面は小粒状の気泡が全面を覆っていて、歩行時にはクレープソールの様な柔らかさを。運転時には程よいグリップバランスが絶妙に効いてくれる。




木型の設計は、2022年に発売したMonopostoから採用しているGRV型の新ラストを使用している。こちらはグランプリハイトップやスピアヘッドと同様のソールゲージ(底面の寸法)を採用しているため、サイズ感はほぼ同様である。足全体を立体的に捉えるS字カーブのコンセプトはこの木型でも同様に踏襲し、外見よりもしっかりとボリュームのある内部構造が特徴でもある。KINGSTONの場合はフックを外すとルーズに、フックをかけるとタイトに締めるという2種類の履き心地を提案している。 

一方で、KINGSTONはオプションとして前作と同様に *ドライビングラバーソール(ARSソール)を換装することもできる。その場合、かかとの納まり位置がやや低めに位置するため、インソールもドライビング性能が高いバケットインソールに変更している。 

 

手仕事で仕上げる奥深い色彩
 



KINGSTONでは前作で採用していた2種類の素材を継続している。柔らかく、情緒的な表情が出しやすいスモーキングカーフは、ネグローニの代名詞的レザーと言える。トゥキャップに強いバーニッシュ仕上げを施すと、ドレッシーな雰囲気と深い艶の陰影が美しい。また、トスカーナスエードもまたダブルモンクストラップのデザインとは非常に相性が良い革素材である。毛足が長く、リラックスした印象のスエード素材であるが、撥水コーティングも余裕のある大人のスタイリングを引き立たせてくれる。
 


そして、特筆すべきはパティーヌ染料で仕上げられる特別なウェットトラックカーフ。上質でラグジュアリーな色感を目指して長い時間をかけながらじっくりと着色していく。裁断時からベース染色を始め、底付け前、仕上げ時に至るまで、真に透明感のある陰影を作るため、数種類の濃淡を使い分けながら色を塗り重ねていく。そのため、元色には薄めの色を選び、ベースカラーとして活かしている。ちなみに“ブラックアイアン”の元色はグレーから調色を始めている。一般的なブラックレザーは赤みのある黒が多いが、微かに深い緑みのあるブラックトーンが特徴である。

底付け後は天然由来のエッセンシャルオイルと
仏Avel社製のパティーヌ染料を混ぜたものを塗り込んでいく。ウェルトラインとの色調のバランスを合わせていく工程は、まさに1足の作品を作り上げていく特別な瞬間と言える。





コンティニュエーションという考え方

フィオラノの生産一時停止を発表した後は、多くの方から様々なお声をいただいた。生産停止を惜しんでいる方々がたくさんいるというありがたくも申し訳ない事実とともに、このモデルが想像以上に自動車の仕事現場やビジネスの現場で深く浸透しているということも知った。そこで、ネグローニでは今回のキングストンの発売と共に、フィオラノは「コンティニュエーション」という形で復刻受注ができるサービスの準備をしている。

パーツや仕様など以前のモデルとは若干の変更は必要になるが、クラシックカーのコンティニュエーションのように、可能な限り発売当時の雰囲気を残してオーダーメード作製できることが、ネグローニらしいサービスではないかと考えている。期間や素材など、コンティニュエーションならではの特殊なルールが発生するが、旧モデルの復刻を気軽に楽しんでいただけるような環境を用意したい。